私は、十数年ぶりに目にする内外タイムス三行広告を手に、独り感傷に浸った。

私がまだ学生だった頃の数々の思い出が込み上げてくる。

初めて人を愛した日のこと。

私の人生の道標となってくれた人との出逢い、別れ。

親友と呼べる存在との楽しい思い出。

私は独り競馬場に立ち尽くし、涙を流した。

当時の自分と、今、この瞬間の私の変わり様を重ね合わせて…。

ふと、私は大きなファンファーレの音で現実に戻った。

私が先程購入した馬券、本日のメーンレースの始まりを知らせる音だ。

私は右手に内外タイムスを握りしめ、ゲートに目を移した。

と、同時に各馬一斉にスタート。

場内にいるほとんどの人が買った本命馬は、その力を出し切ることなく馬群の中に沈んでいった。

私も大穴馬券共にことごとくはずれてしまった。

私のポケットには帰りの電車賃三百円が残るだけとなった。

いつもならメーンレース終了とともに競馬場を後にする私だが、この日は違った。

迷いながらも右手に握りしめた内外タイムスをゆっくりと開いた。

内外タイムスの【競馬大穴コーナー】。

私はそのコーナーから本日の最終12レースの予想を確認し、ポケットの中から迷わず三百円を取り出し、馬券売り場へと歩いた。

私が馬券を買って数分。

馬券購入の〆切りを知らせるベルの後、各馬が一斉にゲートへと向かった。

再び大きなファンファーレの後、その日の最終12レースがスタートした。

第1コーナー、第2コーナーと私が購入していない本命馬が先頭で走り抜けていった。

(このままいくのか)

私は右手に持つ新聞を一層強く握りしめた。

そのまま第3コーナーに差し掛かったところで先頭を走る馬に異変が起きた。

先頭を走る馬が第3コーナーの手前で故障発生したのだ。

と同時に、宙に舞う数万枚の馬券。

場内にいた誰もが大きな落胆の中にいた。

そんな中、私は一時もレースから目を離さない。

レースはそのまま本名馬を置き去りに終了した。

何番の馬が1着になったのかも分からないほどの混戦のままに。

レース終了とともに場内にいる全ての人が順位を知らせる電光掲示板に目を移した。

1着8番。

2着3番。

さらに宙に舞う、はずれ馬券。

その日の全レースの終了とともに、人々は一斉に場内を後にした。

場内はさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、辺りには疎らに人が残るだけとなっていた。

その中で私は独り呆然と立ち尽くしていた。

馬連で??。

その馬券は私が内外タイムス【競馬大穴コーナー】で買った馬券である。

ざっと計算しても数十万円。

私は初めての大勝ちに戸惑い、その場で身震いした後、右手に持つ内外タイムスに目をやった。

(久しぶりに行くか)

私は競馬場を独り後にし、近くの立ち呑み屋に立寄った。

生ビールとメンマを注文し、そっと内外タイムスを開いた。

私は当時、不動産屋で働いていた頃は考えもしなかった紙面に目を留めた。

三行広告である。

女性の写真もなく、プレイ料金も書いていないその広告に、私は深く興味を持った。

学生時代に、得体が知れずに覚えた興味とは明らかに違う大人の興味。

私は吸い寄せられるように濫立する広告を目で追った。

左手に握るジョッキの周りが汗をかき出した頃、私の目は一つの三行広告の上で留まった。

「夏の大三角形」そう一文だけが書かれた案内に、私の心臓は高鳴った。

周りに並ぶ、幾つもの卑猥な言葉の中で、この広告が真っ先に目に飛び込んできたのも、今思えば運命だったのかもしれない。

私はジョッキに残るビールを一気に飲み干し、高鳴る鼓動を抑え立ち呑み屋を後にした。

私は近くの電話ボックスに入り、先程立ち呑み屋で切り取った「夏の大三角形」の広告をポケットから取り出した。

もう一度その広告を確認し、私は公衆電話の受話器を持ち上げた。

(お前にはまだ早い)

何年も前に、私の性の先生とも呼べる作家に言われた言葉を、ふと思い出した。

電話の向こうで感じの良い女性が話している。

「何を見てお電話していますか?」私は「内外タイムス」とだけ言った。

私は詳しい内容を電話越しに説明をされ、指定された近くのホテルへと向かった。

ホテルに入り、再びお店に電話をすると、受付の女性は「十五分以内に伺います。」と、言い電話を切った。

長い風俗経験を持つ私でも、ホテルで待つ間はさすがに緊張した。

誰が来るのか分からずに待つホテルは初めてであった。

今までも新規で行ったお店は皆、初めて会う女性だった。

しかし今回は、写真で顔すら確認していない。

(デブが来たら…ブスが来たら…)

私の頭の中はそんな事ばかりでイッパイになっていた。

若い頃には耐えられなかったであろう、スリル。

私はこのスリリングなリスクを楽しんでいる自分に気付き、再び作家の言葉を思い出した。

(お前にはまだ早い)

私は心の中で一言

(分かるようになりました)

そう呟いた。

トントン。

部屋をノックする音に私は驚き、立ち上がった。

私は大きく深呼吸をした後、ゆっくりと扉のほうへ歩き、黒い扉を開けた。