私は会社の倒産を知ってからというもの、何も考えられず、何も手につかない日々が続いた。

今まで私は、社会との接触を遮断した生活と、堕落した人生を送ってきた。

しかしそんな中でも私の人生の中で唯一真面目に取り組んできた仕事までもが、突然、奪われたのだ。

全てを失い、どん底で途方に暮れる私は、ある一人の女性が心の支えになっていることに気付いた。

そう、あの日五反田の喫茶店で別れたきりの彼女だ。

(私は全てを失った訳じゃない。彼女となら一から人生をやりなおせる)

私はそう思い立ち、数日ぶりに社会との接点である電話の受話器に手を掛けた。

彼女が勤めているお店に電話をし、彼女の名前を受付の男性に伝えた。

すると、受付の男性から思わぬ言葉が返ってきた。

男性の話によると、彼女は数日前から無断欠勤が続いたため、クビにしたとのことだった。

意気消沈し受話器を置いた私はあることを思い出し、自らのジャケットの胸ポケットの名刺入れを取り出した。

彼女と初めて夜を明かした日に、彼女のほうから、「何かあった時のために」と、彼女は連絡先を渡してくれていた。

私は普段は電話することを禁じられている番号をプッシュした。

数回コールが鳴った後、受話器の向こうから幼い女の子の声がした。

「もしもし」私の鼓動は大きく高鳴りながらも、冷静を装い「ママはいるかな?」受話器の向こうに問いかけた。

受話器の向こうで幼い子供が母親を呼ぶ声がする。

私の心臓は一層鼓動を速める。

「もしもし」受話器の向こうで聞き慣れた懐かしい声がした。

私は彼女に一言だけ謝り、再び五反田駅で会ってくれるように頼んだ。

彼女は驚いた様子ではあったが、了承してくれた。

私は翌日、彼女との約束の時間に五反田にいた。

向かいの交差点に彼女を見つけた瞬間、彼女に手を引かれる一人の少女の姿が目に飛び込んで来た。

(彼女の娘だろう)

ある程度は想像していたのか、私は妙に冷静な自分に驚いた。

私たちは三人で近くの喫茶店へと入?彼女から娘の紹介があり、私も笑顔で応えた。

そして私は彼女に再び謝り、会社が倒産したこと、そして何よりも君がいないと生きていけないという私の正直な気持ちをぶつけた。

私は全ての気持ちをぶちまけた後、恐る恐る顔を上げ彼女の顔を覗き込んだ。

彼女は無邪気にジュースを飲む娘の隣で暗い表情を浮かべている。

さっきまで久しぶりの再会に明るい表情を浮かべていた彼女の変化を私は尋ねた。

彼女は私の問いに対して重い口を開いてくれた。

彼女も本当に私を愛してくれていること。

しかし、自分には子供がいる。

今日再び会うまでは三人で頑張ろうと心に決めていたこと。

しかし、会社の倒産を聞いてその気持ちはもう無くなってしまったこと。

お金が目当てではないが、女手一つで子供を育ててきた人として綺麗事だけでは生活出来ないことを知っている彼女。

そんな彼女の気持ちを深く理解したからこそ私は彼女と生活を共にしたいと強く思ったのだ。

しかしもう、彼女の耳には私の声は届かなかった。

彼女は私に最後の別れを告げ、まだ小さい娘の手を引き喫茶店を後にした。

私は彼女達が見えなくなるまで、二人の背中を目で追った。

(大切な人はいつも自分の前から姿を消してしまう…)

そんな思いに私は打ちひしがれた。

それからというもの、私の生活はいよいよ堕落の一途を辿っていった。

定職にも就かずに、ぶらぶらとギャンブルに明け暮れるようになっていった。

彼女と別れてから五年余りが経った頃、私はその日も一人競馬場にいた。

私はいつものようにガチガチの本命と、遊び半分の大穴馬券を百円だけ買った。

出走を待つ間ふらふらと競馬場内を歩いていると、ふと私の足に一紙の新聞が絡み付いてきた。

私は何気なくその新聞を取り上げた。

その瞬間、私の全身に懐かしさが込み上げ、稲妻に撃たれたような感覚に襲われた。

そう、それは十数年ぶりかに目にする三行広告。

内外タイムスだったのだ。