路地を曲がれば作家の家というところで、いつもは明りが灯っている作家の書斎が暗いことに気付いた。

特に気にもせず路地を曲がり、そして作家の家の前で異変に気付いた。

作家の家の玄関の扉に、『金返せ』『地獄へ堕ちろ』という貼り紙が無数に貼ってあるのだ。

私は妙な胸騒ぎがして玄関の扉を開けた。

しかし、内側から鍵が掛かっているらしく開かない。

私は書斎のほうから入ろうと裏庭へ走った。

しかし、こちら側の窓もやはり開かない。

もちろん書斎に作家の姿は無く、その日を境に作家は私の前から忽然と姿を消したのだ。

私が体験した夢のような出来事を、誰よりも早く報告したかったのに…。

そしてまた、色々な話を聞きたかったのに…。

作家が私の前から姿を消してから数ヶ月、私は高校生となっていた。

あの日、思春期の先生ともいえる作家と突然の別れをしてからというもの、恋愛における一切のノウハウをも失ってしまったしまった私は、あれほど愛しかった彼女ともすれ違い、そして別れた。

人生の師である作家と、純粋に愛し合い大切に思った女性とを同時に失った私の心の中には、大きな穴がポッカリと開き、その隙間を埋められずに退屈な高校生活を送っていた。

この時期に体験した大きな喪失感が、私の今後の人生においての大きな岐路になっていたのかもしれないと、今になって思う。

二年生に進級してすぐの暑い日、相変わらず退屈な日々を過ごす私を救ってくれたのは同じクラスの友人だった。

普段、教室でもあまり話をしたことのない彼と下校時に偶然会い、帰宅途中の公園で何気なく話をすることになった。

彼はおもむろにポケットから煙草を取り出し、火を付けた。

大きく息を吸い込み煙を吐き出した彼は、その煙草を私に差し出した。

見よう見まねで大きく息を吸い込んだ私は、むせ返ってしまった。

初めての喫煙で頭のボーとしている私を見ながら彼は笑い転げていた。

その日は、日が暮れるまでクラスの女子の話しや、退屈な授業の話し等、高校に入学して初めて出来た友人と語りあった。

私の心の中に開いた大きな穴が、少しずつ埋められていくような気がした。

彼は女性経験が多く、そして何よりもお金を持っていた。

普通の高校生のお小遣いではおよそ出来ないであろう生活を彼は送っていた。

学校帰りには必ず喫茶店に立ち寄り、その後ゲームセンターで夜まで遊んだ。

私の遊ぶお金まで彼が出してくれていたことを考えると、彼の所持していたお金は相当だったと推測できる。

深くは聞かなかったが、彼の家は大きな会社の社長か何かだろうと私は勝手に想像していた。

彼と毎日一緒に過ごすようになって一年以上が経ったある日、遊んでいる途中にお金を家に取りに行くと言った彼が、今まで頑なに拒んでいた彼の家への入室を許可してくれた。

彼に連れられて向かった家は、会社の社長の家としてはあまりにも古く、汚いアパートの一室だった。

彼はおもむろに鍵も掛かっていないドアを開くが、中からは誰も出てこない。

部屋の中から微かに聞こえる数人の話し声を気にも留めず、彼は何とも言えない微妙な表情で私を部屋の中へと招き入れた。

彼に対して失礼なことをしたような妙な罪悪感から、その場を立ち去りたい気持ちになったが、その気持ちを必死で抑え、私は彼に連れられ部屋の中へと入った。

部屋の中へと入った私の目に飛び込んだ光景は、見たこともない異様な光景だった。

机の上に無数に並ぶ電話機を囲むように座る数人の女性と、その周りに寝転がる中年の女性。

コタツの上には、お茶やお菓子が散らばっていた。

近所の主婦が家に集まり世間話をしているのとは訳が違う。

すぐにそう分かる、異様な威圧感と、ドンヨリとした重い空気が流れいた。

ふと、彼と私の入室に気づいた一人の女性が持っていた受話器を置き、私たちのほうに目をやった。

その瞬間に、彼女が置いた受話器が私の目に飛び込んできた。

受話器に張られた新聞の切り抜き。

「浣腸バイブ」。

私の心臓は大きく鳴った。

あの時、そう作家の家で出会ってしまった、見てはいけない新聞。

その新聞の紙面が再び私の目の前に現れたのだ。